レースメカニックロングインタビュー
トラック整備は面白い。

テクニックとチームワークで世界の大舞台を戦い抜いた
「最強メカニック」たち

2018年、開催40回を迎えたダカールラリー。今大会は南米に舞台を移して10回目という記念大会にあたり、「これまでにないタフなコース」と評される中、激闘が繰り広げられました。日野チームスガワラは2号車がトラック部門(排気量10リットル未満クラス)で優勝し、チーム史上最多のクラス9連覇を達成。前回のトラック部門総合8位を上回る6位入賞の好成績をおさめています。また、今回は群馬日野自動車・富山日野自動車・神戸日野自動車から初めてダカールラリー参戦メカニックが選出されました。レースメカニックたちは「悔しさをバネに、喜びを手にした大会」と話します。帰国直後の彼らに、本戦を振り返ってもらいました。

髙野 雄生
群馬日野自動車株式会社 2008年入社
1988年生まれ、群馬県太田市出身。
実家は車の整備工場を営む。整備士である父との夢であった「ダカールラリー参戦」のチャンスを掴む。
木下 大樹
横浜日野自動車株式会社 1999年入社
1978年生まれ、神奈川県横浜市出身。
「得意の水泳と趣味のキャンプが、ラリーでの高所、野営に役立った」と話すムードメーカー。
山内 愛一朗
富山日野自動車株式会社 2005年入社
1984年生まれ、宮城県富谷市出身。
トラックドライバーの父を見て育つ。「人の命を預かっている」という使命感を自動車整備士として人一倍強く持っている。
澁谷 亮太
神戸日野自動車株式会社 2007年入社
1986年生まれ、兵庫県加古川市出身。
181cmの長身を活かして学生時代はバスケット部に所属。趣味は車やバイクのレースに出場すること。

第1章 - ダカールラリーはメカニックの腕が試せる最高の舞台

まずは帰国直後の今の心境を教えてください。

山内:
みんな笑顔で無事に帰国することができて嬉しいです。
木下:
ひと月ぶりの日本ですが、レース中は毎日充実していたので、あっという間だったなぁ……と感じています。
澁谷:
総合6位という、前回をさらに上回る成績を残せて満足しています。
髙野:
チーム一丸となり最後まで諦めずに戦い抜いたという達成感でいっぱいです。

「世界一過酷なラリー」として知られるダカールラリー。年々難易度が増す中、日野チームスガワラはダカールラリー2018(2018年1月6日〜20日開催)で、トラック部門総合6位という好成績をおさめています。勝因はどこにあったと思いますか。

髙野:
チームワークの素晴らしさが結果につながったと思います。私たちメカニックはダカールラリー本戦の半年ほど前、シルクウェイラリー2017(2017年7月、ロシア〜カザフスタン〜中国で開催)と、ラリーモンゴリア2017(2017年8月、モンゴルで開催)に参戦しました。本戦前に経験したこの2つのレースが、自分たちを強くしてくれました。とくにチームワークはベストな状態で、「阿吽の呼吸」で激闘を乗り越えることができました。
木下:
より良い車両でダカールラリーに臨めたことがよかったと思います。シルクウェイラリーでは車両故障のアクシデントにみまわれましたが、帰国後すぐにチーム全員で車両改良を行い、スピードと耐久性、機動力を備えた車両に進化させることができました。日頃の業務で培った技術が世界に通用したことを、強く実感しています。
澁谷:
車両の進化に加えて、ドライバーやナビゲーターの経験値に支えられたところが大きかったですね。ドライバーの菅原義正さん・照仁さんによるコース分析のおかげで、レースを予測しながらしっかりとした対応ができました。
山内:
普段自分たちが行っている整備作業を、慣れない海外の土地で対応しなければならないので、事前にレース経験ができたのは本当によかったです。だからこそ、メカニックは怪我や病気をすることなく全力で戦うことができました。ただ本当に残念なことに、1号車はレース2日目で走行不能のためリタイヤとなりました。その悔しい気持ちをバネに、みんなで徹底的に2号車の整備にあたったことが、好成績につながったと思っています。

帰国直後、都内スタジオでレースを振り返るメカニックたち

本大会は5年ぶりにペルーが開催国に加わり、ボリビア、アルゼンチンの3ヶ国を走行する全14ステージの戦いとなりました。2018年1月6日にペルーの首都リマをスタートし、ボリビアに向かってアンデス山脈を南下、チチカカ湖の脇を通り、標高3600mのボリビアの首都ラパスで休息日。その後、ボリビアを縦断し、アルゼンチン第二の都市であるコルドバでゴールを迎えるというコースです。全体の感想をお願いします。

山内:
太平洋岸の砂漠地帯を走っていた前半では、車両へのダメージは少なかったのですが、トランスミッション油温やエンジン油温が上がるなど、オイル交換を頻繁に行う必要がありました。ボリビアに入ってからの土のセクションでは、フレームに亀裂が入るくらい車両に強い振動がかかっていました。後半のアルゼンチンは砂丘と土が両方あるセクションで、ここが一番大変でしたね。フレームは割れる、油温は上がる、毎日パンクする、とてもハードなコースでしたが、最後まで走りきってくれました。

破断した1号車の前軸左側ジョイントと後軸左ハブプラネタリーのサンギア

澁谷:
後半は悪路が続き、車両のダメージは大きいだろうという予測がありましたので、それに備えることができました。
木下:
私が勤める横浜日野自動車には、ダカールラリー出場者が複数います。レース速報を見た彼らから「今年は特に過酷でヤバいですね、がんばってください」と応援メッセージをもらいました。終わってみれば、トラック部門の完走率は5割を切り、半分以上はリタイヤしているというレース。ダカールラリー40年の歴史でも特にタフなコースと言われている理由が、ここにあるように思います。
山内:
過酷なコースの中、ほぼ雨に降られなかったのは幸運だったと思います。事前に経験した2つのレースではどちらも雨に悩まされ、雨男疑惑がありましたが(笑)、今回はボリビアのラパスで一度降っただけでした。雨に濡れると体力も気力も奪われてしまうので、本当にラッキーでしたね。天気も味方してくれたと思わずにはいられません。
髙野:
ダカールラリー序盤は砂漠の中でのキャンプ、中盤の高地では高山病の恐れがあり、昼夜の寒暖差が激しく、終盤のアルゼンチンでは気温が40度近くまで上がり猛暑の中で作業を続けるなど、日々環境がめまぐるしく変わって辛かったですね。体調を崩しやすい場面も多かったと思いますが、我々メカニックはとてもタフでした。現地の食事は、巨大な塊肉を焼いたり豪快な味付けのものが多かったのですが(笑)、やはり食事の時間は楽しみでした。

ビバーク(ラリー参加者が集うキャンプ地)で待機中の日野チームスガワラのメカニックたち

最も印象に残っている場面はどこでしょうか。

山内:
1号車の救出に向かった3日目が印象に残っています。2日目のルート中盤で1号車がスタックしてしまい、自走不能の状況に陥っていました。アシスタントカーで現場に駆けつけましたが、目の前の景色はどこを見回しても砂丘しかないという世界。思わず「日野レンジャーを見つけられるのだろうか?」と絶望してしまいそうになりました。炎天下の中、メカニックリーダーの鈴木誠一さん、木下さんと共に修復作業に全力で取り組みました。この日は心底、メカニックの仕事の意義を痛感しました。

ルート中盤の切り立った砂丘でスタックし、脱出を試みる1号車

木下:
故障の具合がひどく前輪の応急処置だけで11時間かかり、それでもなんとか日が落ちる前に作業を終えようと必死でしたが、ビバークに戻ったのは深夜2時すぎでした。
澁谷:
日焼けして砂にまみれた姿で戻った二人を見て、炎天下でどれだけ過酷な作業だったかが想像できました。車はもちろんですが、仲間の無事をみんなで祈っていました。
髙野:
この日が初めての徹夜作業でしたね。情報が錯綜していて、リタイヤかどうか分からない状況の中、「絶対リタイヤじゃない、大丈夫だ」と信じて作業にあたっていたので、ダメだと分かった時は本当に悲しくて……。
木下:
この日は正念場だったと思います。みんなが極限状態まで追い込まれましたが、気持ちを切り替えるべく、チームでしっかり話し合い、全員が2号車に全精力を注ぐ覚悟を決めました。

夜通しで2号車の整備を行う日野チームスガワラのビバーク

髙野:
もうひとつ印象に残っている場面は、ゴールセレモニーが行われたアルゼンチンのコルドバです。沿道を埋め尽くす観衆に見守られながら、日野レンジャーがゴールしました。カメラのフラッシュが光り輝いている中で日野レンジャーが走ってくるのを見て、本当に感動しましたね。熱狂の渦の中にいるような感じがして、鳥肌が立ち、胸に熱いものがこみあげてきました。
澁谷:
私は感動のあまり泣いてしまいました。これまでの道のりが苦しかった分、ゴールの瞬間は忘れられません。1号車がリタイヤしてしまって、2号車は絶対に完走させなければいけない。それも、順位を上げなければいけない。強いプレッシャーの中で戦い抜いたレースが、走馬灯のように頭の中を駆けめぐっていました。

ゴールセレモニーに臨む日野チームスガワラ

日野レンジャーをベースにした「HINOダカールラリー仕様マシン」だからこそ戦えた、と感じたところを挙げてください。

澁谷:
日野レンジャーは世界に誇る耐久性がありますが、それをベースにしたHINOダカールラリー仕様マシンは特に機動性が抜群の車です。排気量が10リットルを超えるエンジンを搭載した大型トラックが上位を占める中で、中型トラックである日野レンジャーは得意技を活かして走りました。豊富なレース経験を持つドライバーのテクニックも、上位成績につながったと思います。今大会で2号車は高速化を重視し、消耗部品が増えるなど大変な面もありましたが、より手ごたえを感じる仕上がりとなりました。

水たまりや泥沼化した箇所を慎重に走り抜いたHINOダカールラリー仕様マシン

木下:
HINOダカールラリー仕様マシンは「リトルモンスター」という愛称を持つほど、世界でも評価されています。日本人独特の美学なのかもしれませんが、小さな車で大きな車に挑む、そういうところも人気の理由だと思います。私たちは毎日、日野自動車の車を扱いますが、とにかく日野自動車の車が一番だと思ってずっと仕事をしていますし、自分たちが車両製作に携わったレース車両となると、愛情もひとしおです。他の車には絶対負けないぞ、という気持ちがいつもありました。
山内:
日野自動車のトラックは見た目が格好いいと思います。海外の人気トラックは「Nice truck」と表現されますが、日野自動車のトラックは「Beautiful truck」と言ってくださる方が多いです。「シンプルなフォルムに潔さを感じる」と言われたこともあります。
澁谷:
「Beautiful truck」といえば、毎朝車をレースに送り出す時に、車両がきれいであることを関係者の方々に評価していただきました。整備が終わると、必ず窓は全部拭き上げてピカピカの状態にしますし、車内も清掃してドライバーに気持ちよく使ってもらえるようにいつも心がけていました。他国の車は結構汚れたままなんですよね。「おもてなし」という日本人の美学であり、また日野自動車の伝統なのかもしれません。
髙野:
HINOダカールラリー仕様マシンのボディにはダカールラリーを応援してくださるスポンサーのステッカーがたくさん貼ってあります。車を整備しながら、ステッカーを見ては日本からの声援に勇気をもらっていました。

砂地の丘陵を手堅く走破する2号車

第2章 - トラック好きの原点・運命のダカールラリー

彼らはなぜダカールラリーを目指したのか?
車好きからトラックの道へ、原点である幼少期の思い出

インタビュー目次

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