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レースメカニック座談会

第2章:失敗から学びとり、次への成功へつなげる

本戦が始まるまでの間、チームとしてどのような取り組みをされてきましたか。

中村:
私たち販売会社のメカニックは、2016年6月に『日野チームスガワラ』に合流し、その後、1ヶ月も経たないうちにロシア、カザフスタン、中国で行われたシルクウェイラリーに初参戦することになりました(2016年7月8日~23日)。車両トラブルに見舞われて結果は13位に終わり、本戦に向けてたくさんの課題を残すことになりました。
井上:
シルクウェイラリーでは、すべてが初めての体験で苦しかったです。
ビバークする(野営/野外にテントを張って宿泊する)のも初めてで、慣れない環境で食べ物も合わず、体調を崩してしまいました。
ラリーの戦い方も、力のメリハリをつけることができず、とにかく全力疾走するばかりになってしまい、心身が追いついていかなかったように思います。

吾妻:
チームを結成して間もないこともあり、整備作業の分担や段取りがスムーズにいかなかったと思います。
それを克服すべく、『各々が最大限の力を発揮して、自分の役割をしっかり果たせるようにメカニック同士で整理をする』ことが本戦に向けての目標になりました。
國本:
シルクウェイラリーでの経験があったからこそ、本戦では自分たちの力が十分に発揮できたと思います。
私たちメカニックの役割は、レースに強い、壊れない車を作る。それに尽きます。
そのためには技術はもちろんですが、チームワークも重要であることを学びました。
井上:
シルクウェイラリーを経て、本戦に向けての車両製作がはじまり、車両をゼロから作った経験はこれまでなかったので、ものすごく勉強になりました。
車の構造を改めて見直す良い機会になり、スピードを競うレースに適した車、人やモノを運ぶのに適した車、それぞれの違いを確認するように、丁寧に車両製作を進めていきました。

ダカールラリー2017は南米大陸にあるパラグアイ・ボリビア・アルゼンチンの3ヶ国を舞台に開催されました。出発前はどのように過ごされましたか。

吾妻:
チームに合流した6月から約4ヶ月離れて生活していたので、子供とたくさん遊びました。
中村:
クリスマスには現地入りしているスケジュールに合わせ、家族が1週間早めてクリスマスパーティーをしてくれて、とても嬉しかったです。
井上:
ダカールラリーへ向けての意欲が最高潮だった11月に、実は入籍をして新しい生活を始め、出発前には奥さんと姉家族と一緒に、クリスマス前祝いをして楽しい時間を過ごしました。レース中には家族のみんながメッセージを送ってくれて、すごく嬉しかったです。
國本:
現地入りしてからも、奥さんが子供の写真や動画をこまめに送ってくれました。
家族からはいつも元気をもらい、感謝の気持ちでいっぱいです。

今回のコースや、レース全体の印象を教えてください。

國本:
スタートはパラグアイのアスンシオンという都市で、現地での盛大なセレモニーが印象に残っています。レースは初日からアルゼンチンへの国境越えがあり、その後も林道や川渡り、砂漠、オフロード、高山などバラエティに富んだコースで、激しいレース展開であったことが整備している車の状態から想像できました。
中村:
私たちメカニックは次の整備地へ向けて、競技車とは別ルートを移動するので、コースの詳細については、事前の情報とドライバーの話、整備する車の状態から判断するしかありません。
ただ今回は天候に悩まされた大会で、しかも高地滞在が長いこともあり、高所障害・低酸素症にメカニック、ドライバー、サポートメンバーも全員が病気と隣り合わせで、ハードな戦いになったことは間違いありません。
井上:
過去の大会を知るチームメンバーが『2009年以降、南米大陸で開催された大会の中で最も悪天候に見舞われた』と話していました。大雨、土砂災害で競技区間が短縮されたりキャンセルされたりしました。高地での滞在をはじめ、体力的に相当きつかったです。

吾妻:
標高4000mの高地では酸素が薄くて体が思うように動かず、防寒着を何枚重ねても、ものすごく寒いんです。その上、作業後は水のシャワーが当たり前と、かなりきつい状況でしたが、私たちメカニックはチームの中で一番タフだったかもしれません。
ひとりも体調を崩すことなく最後まで頑張ることができたことも、今回の結果につながったと思います。

最も心に残っている場面をあげていただけますか。

吾妻:
ボリビアのラパスで迎えた中間休息日は、後半のレースに向けて車を修復するメカニックにとって最も忙しい1日になりました。
リーフスプリング、オイルやタイヤ交換をはじめ、どんな小さなことも見落としがないよう丁寧に点検したことをよく覚えています。

井上:
レース前から、休息日の整備がポイントになると覚悟していました。
作業は順調に進みましたが、ほとんど睡眠時間がとれず、休息日前日は深夜3時まで、休息日は深夜3時半まで整備して、片づけまですべて終えたのは明け方の5時。テントで横になれたのはこの2日間で3時間程度しか取れず、きつかったですね。
國本:
とにかくみんなで声をかけあい、作業を無事に終えて車を送り出すことができた時は、チームワークの良さを実感しました。

中村:
レースの過酷さ、衝撃の強さを特に感じたのは、後半のサン・ファン(アルゼンチン)です。
ドライバーから『今日は走りに違和感があったから、いつも以上に車をチェックしておいて』という要望があり点検したところ、車体後部の広範囲に亀裂が入っていて、今大会で初めて溶接作業をしました。
どれだけハードなところを走り抜いているのだろうと思いました。
吾妻:
車体についた泥の量は想像を絶するものでした。
特にボリビアのオルロでは激しい雨に見舞われて、ステージの後半部分がキャンセルされたほどです。車がコースの過酷さを教えてくれたと思います。
中村:
整備の後は洗車して、できる限りきれいな状態で車を送り出していたのですが、そのことが評価されているとレース後に耳にしました。
自分たちにとっては当たり前の作業ですが、日本人ならではの几帳面さなのかもしれません。

國本:
窓は当然丁寧に。ほかのところも同様です。
ドライバーには気持ちよく乗ってほしいですからね。
井上:
ここまで必要なのかと思うほど洗車は毎回やっていました。
そういえば、他の国のチームは泥がついたままで整備を終わらせているところが多かったですね。

他チームのメンバーから刺激を受けたことはありますか。

中村:
自分たちのことで精一杯で、他のチームの様子を見に行く余裕がなくて…。
交流できず、少し残念でしたね。
國本:
いつもメンテナンスに追われていて、時間内に作業を終えられるかというプレッシャーとの戦いできつかったですしね。

トラック部門・排気量10リットル未満クラスで今回もワン・ツーフィニッシュを達成しました。
勝因はどこにあったと思いますか。

井上:
過去のレース経験から積み重ねたノウハウ、それから車の改良と、ドライバーやナビゲーターのテクニック向上も大きな要因だと思います。
自分たちメカニックは、ドライバーが安心して運転できる車を毎日送り出すことだけに集中しました。
チームワークも日に日にパワーアップしていくことができたのでよかったです。
國本:
車自体が強かったことが勝因だと思います。
今大会ではエンジン、サスペンションなど大幅な改良が行われました。
吾妻:
メカニックのチームワークが冴えていたことだと思います。
中村:
私もそう思います。
毎回同じ作業の繰り返しでも、決して気持ちをゆるめずに、確実に整備を行っていきました。
みんなで時間ギリギリまで取り組んだ甲斐があった、そう言える自信があります。

國本:
経験豊富なドライバーである菅原義正さん・照仁さんからは、精神面でのアドバイスもたくさんしていただいて心強かったです。
中村:
菅原義正さんはとにかく物知り。
様々なことを学ばせていただきました。
吾妻:
『まわりをよく見ろ』といつも言われていました。『第三の目で』と!
過酷なレースほど、俯瞰して冷静に物事を判断することが大事だと気づくことができ、とてもありがたかったです。
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