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レースメカニック座談会

第1章:ダカールラリー出場の夢を叶えるために

まずは帰国直後の今の心境を教えてください。

吾妻:
みんなで無事に帰ってくることができたので、今は達成感でいっぱいです。
中村:
満足のいく結果を持って帰国でき、心底ほっとしています。
これはチーム全員で勝ち取った結果です。
厳しい状況が続いていたので、ゴールの瞬間は泣いてしまうだろうと思っていたのですが、観衆の声援に包まれて笑顔のまま、最高の時間を過ごしました。
國本:
ダカールラリーは“世界一過酷なラリー”といわれますが、本当にその通りで、毎日、極限の状態でした。高所での滞在が続き、気温差も激しくて、思うように体が動かない。
そんな状況でも、仲間同士で協力しあって乗り越えました。
大きなトラブルもなく完走できたことは、ものすごい成果だと感じています。
井上:
入社してからずっと、ダカールラリーに出場することを目標にしてきました。
ダカールラリーは、仕事で積み重ねてきた経験を存分に発揮できる最高の舞台だったと感じています。
応援してくださった方に感謝の気持ちでいっぱいです。

充実した日々であったことが、お話から伝わってきます。
その気持ちを味わうまでには様々な努力と苦労があったと思います。

まずは原点である“車との出会い”から教えてください。
そしてメカニックに興味を持ったきっかけ、日野自動車に入社した経緯、
ダカールラリーの出場権を得るために行ったことなどを教えてください。

中村:
父が車の板金業を営んでいたせいか、物心ついた時から車は身近な存在だたっと思います。
将来は車を整備する仕事につきたいと考えるようになり、専門学校に進学しました。
日野自動車に入社した理由は、専門学校の先生から『トラックの修理を学ぶと、車のメカニズムに詳しくなれる』と勧められたからです。メカニックとして、より高いレベルを目指せるところに惹かれました。
日野自動車といえば、“パリ・ダカールラリー(旧名称。2009年からダカールラリーに改称)を走っている日野レンジャー”の印象が強く、『日野自動車で働けばダカールラリーに関わることができる』と思い、入社しました。入社から20年経ちましたが、ようやくその夢を実現することができて嬉しいです。
正直、諦めかけた時もありましたが、こうして夢が叶い、本当に貴重な体験をさせてもらうことができ、『夢は諦めてはだめだ、諦めなければ手に入るものだ』と強く感じています。
井上:
ミニ四駆やラジオコントロールが好きな子供で、自分で組み立てたり、修理したり、走らせることに興味がありました。
自動車業界への就職を志望していたのですが、新卒の時点では志望先への入社が叶わず、一旦はホテル業に就職。再度チャレンジし、日野自動車に中途採用で入社して10年になります。
入社後は仕事に活かせる資格はどんどん取得し、社内研修にも積極的に参加するなど、自分なりに技術を磨く努力をしてきました。
ある社内研修で、ダカールラリー出場経験のある先輩(広島日野自動車所属)から話を聞く機会があり、『最高の達成感。チームで喜びを分かち合う素晴らしさ』を経験できるという言葉に心を動かされ、自分も出場してみたいと思うようになりました。
努力が実って、岡山日野自動車から初めてダカールラリーに参戦することになったのです。

吾妻:
子供の頃から、父が運転する車の助手席に乗ることが大好きでした。
次第に車の整備に興味を持ちはじめ、自動車整備の専門学校へ進学。就職活動の際に、日野自動車ではダカールラリーにメカニックが出場できることを知り、メカニックとして働きたいと思い入社しました。以来ずっと、整備一筋の10年です。
今回の出場を、口には出しませんが父は喜んでいるように感じます。男同士、照れくさくてあまり話す機会はありませんが、帰宅したらきちんと報告をしようと思っています。
國本:
車は幼い頃から大好きでした。小学生の時には、通学路で目にするすべての自動車の車種を答えることができ、ミニ四駆やラジオコントロールも大好きな子供でした。
やがて自動車科のある高校に進み、在学中に3級自動車整備士(シャシ・ガソリンエンジン・ジーゼルエンジン)の資格を取得。そのまま短大に進学して2級自動車整備士(ガソリン・ジーゼル)の資格を取得して、就職活動に臨みました。
日野自動車への入社を希望したのは、単なる部品の交換だけではなく、ユニットをバラバラにして修理して組み上げるオーバーホール(分解修理)ができるからです。
私は入社してから日野自動車のダカールラリー参戦を知りました。広島日野自動車ではレースメカニックの輩出に力を注いでいて、出場経験がある先輩が身近におり、その方の話を聞く中で自分も出場したいと思うようになりました。必須応募条件であるHS-1(日野サービススタッフ技術資格1級)を取得し、日野自動車全国販売会社サービス技術コンクールにも、支部大会と全国大会に複数回出場。それらが評価されて出場権をいただくことができ、感謝しています。

ダカールラリーへの出場権を得て、社内の反応はいかがでしたか。

井上:
職場からは全面的に応援していただき、快く送り出していただきました。
壮行会とは別に先輩が個人的に食事に誘ってくれて、『自分も憧れていたダカールラリー。頑張ってこいよ』と言われた時には、熱い思いと期待を感じて、ありがたい気持ちになったことを覚えています。
吾妻:
私も井上さんと同じで、福島日野自動車から初の参戦です。
日頃から社員の思いを発信しやすい自由な雰囲気のある職場なので、ダカールラリーへの思いを上司に相談すると、『行きたいなら行ってこい、頑張ってこい』と応援していただきました。
中村:
長期間の不在で迷惑をかけましたが、職場からの応援が何よりもありがたかったです。
レースを終えてみて思うのは、自分にはこの職場での20年のキャリアがあったから、ダカールラリー完走という大きな目標を成し遂げることができたということです。
夢が叶ったというより、積み重ねた時間が夢を叶えてくれたという感じです。

國本:
広島日野自動車からの出場は6人目となります。
ダカールラリーは日常業務の延長という雰囲気が社内にはあり、『世界に出て経験を積む』ことを奨励する環境だと感じます。日頃の仕事ぶりを見て、ダカールラリーメカニックに推薦してくれる上司がいることは嬉しい限りです。
後輩のためにこの伝統が今後も続くよう、自分も頑張ろうと思います。
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