ニュースリリース

2009年10月29日
No.09-025

ダカールラリー2010に、日野レンジャーが19年連続完走を目指し参戦

 日野自動車株式会社(以下 日野)は、2010年1月1日にスタートする「ダカールラリー2010」のトラック部門に「日野チームスガワラ」として日野レンジャー2台で参戦します。

 同ラリーは、前年に引き続き南米のアルゼンチン、チリを舞台とし、1月1日〜17日にかけてアルゼンチンの首都ブエノスアイレスを基点(スタート/ゴール)とする総走行距離約8,600kmのループ状のコースで開催されるものです。1号車にはダカールラリー26年連続出場、20年連続完走の記録(ギネス世界記録公認)を持つベテランドライバー菅原義正とナビゲーターの羽村勝美、2号車には義正の次男で07年同ラリーの排気量10リッター未満クラスでの優勝経験を持つドライバー菅原照仁とナビゲーターの鈴木誠一の2台体制で、トラック部門の市販車クラスにエントリーします。

 日野は1991年の初出場以来、挑戦をし続ける日野スピリッツの象徴として、世界最高峰のクロスカントリーラリーであるダカールラリーへの参戦を続けており、今回の参戦では19年連続完走はもちろん、排気量10リッター未満クラスの優勝とトラック部門総合の上位入賞を目指します。参戦体制は、日野が株式会社日本レーシングマネージメントと協業し、同社を母体とする「チームスガワラ」の活動を支援するもので、日野は車両開発から製作・整備までを一貫して担当。また現地には日野ならびに全国の日野販売会社から選抜したメカニック5名を派遣します。

 今回で19回目を数えるダカールラリーへの参戦は、HINOブランドの醸成を図ると同時に、国内外の販売会社を始め、仕入先等関係各社との結束力を高めるなど、日野グループの企業活動の活性化に寄与しています。

 

写真:ダカールラリー2009

 

(参考)

■大会概要

  主催: ASO (Amaury Sports Organization)
  期間: 2010年1月1日〜1月17日(現地時間)
(スタート・ゴール共にアルゼンチンのブエノスアイレス)
  通過国: アルゼンチン・チリ
  総走行距離: 約8,600km(競技区間 5,200km)
  特徴: スタート日は、両国の独立200周年記念式典と重なる。コースはブエノスアイレスをスタートした後、すぐに北上、スタート直後の路面は固め。アンデス山脈を越え、大会のクライマックス、チリのアタカマ砂漠へ続く。アタカマ砂漠の中を奥深く入り込み5つのステージが行われる。その後、イキケまで北上した後、海辺の町アントファガスタで休息日、再びアンデス山脈を超え、アルゼンチンに入る。バリエーション豊かな路面の大地で、人とクルマの耐久を確かめるレースとなる。

■参戦体制

チーム名: HINO TEAM SUGAWARA (日野チームスガワラ)
参戦車両: 日野レンジャー 2台
出場部門: トラック部門
体制:  
(1号車) チーム代表兼ドライバー 菅原義正(68歳)
  1941年生まれ。65年から81年まで国内レースで活躍する一方、サハラ砂漠横断などに挑戦し、83年のダカールラリー第5回大会に二輪車で初参戦。85年からは四輪車に切り替えて参戦。92年には日野チームに起用されて日本人初のトラックドライバーに。その後も自らが経営する日本レーシングマネージメント株式会社を母体に「チーム子連れ狼」「チームスガワラ」を結成して「日野レンジャー」での出場を続けている。戦績最上位はトラック部門総合2位。排気量10リッター未満クラスが設定された96年からは同クラス優勝を7回獲得している。また、07年大会では連続出場25回の最多記録を達成。09年にはこれを26回に伸ばすとともに連続完走20回の最多記録(ギネス世界記録公認)を打ち立てた。
   
  ナビゲーター 羽村勝美(43歳)
  1966年生まれ。日本レーシングマネージメント(株)に勤務していた92年に菅原義正とともに日野チームに起用され、ナビゲーターとしてダカールラリーに初参戦。同年開催のパリ・北京にもメカニックを兼任して菅原との2人体制で出場した。以後、一貫して菅原のナビを担当し、息のあったナビゲーションで連続完走記録達成に貢献。GPSを駆使した正確なコース・トレースが求められるクロスカントリーラリーのベテランナビとしてチームの信頼も厚い。
   
(2号車) ドライバー 菅原照仁(37歳)
  1972年生まれ。菅原義正の次男。98年のダカールラリーに「チームスガワラ」のメカニックとして参戦、翌99年からは義正のナビゲーターを担当。併せてラリーモンゴリアのカミオンバレー(競技の後方からリタイア者を収容してまわる主催者のトラック)のドライバーやバギー車によるオフロードレースなどを通じて経験を積み、03年のファラオラリー(エジプト)では「日野レンジャー」を駆ってカミオン部門総合優勝を果たした。05年からはダカールラリーでもステアリングを握り、親子による2台体制で活躍。07年には義正の成績を上回り、排気量10リッター未満クラスの優勝を獲得した。
   
  ナビゲーター 鈴木誠一(48歳)
  1961年生まれ。日本レーシングマネージメント(株)勤務のメカニックとして競技車両製作を担当するとともに91年からメカニック兼ナビゲーターとしてダカールラリーに参戦。96年には「チーム子連れ狼」2号車のナビゲーターを務めた。2000年からは「チームスガワラ」のチーフメカニックを担当しながらナビゲーターも兼任し、車両改造やメンテナンス等、豊富な経験に裏打ちされたアイデアと優れたセンスを発揮。とりわけ現場では欠かせない存在となっている。05年以降2台体制となってからは菅原照仁のナビを担当している。
   
(メカニック) 日野グループより、日野技術コンクール最優秀賞受賞者含む以下精鋭5名を派遣。
  門馬孝之(日野自動車(株))、北村忍(北海道日野自動車(株))、山崎貴士(東京日野自動車(株))、水野潤(愛知日野自動車(株))、中野直也(広島日野自動車(株))

 

■出場車両
(特徴)
 日野自動車は1991年の参戦開始以来、中型トラック「日野レンジャー」の四輪駆動仕様でダカールラリー挑戦を続けている。トラック部門の中でも他車のパーツやメカニックを運ぶアシスタンス役ではなく、純粋に競技参加を目的とした、いわゆる「レーシングトラック」は中型車よりもエンジン出力で勝る大型車が大勢を占めるが、「日野レンジャー」は持ち前の小型軽量な車体を活かして柔らかい砂丘など、難易度の高いコースで優れた走行性能を発揮。1997年には大型の競合車を相手にトラック部門の総合優勝を果たしたほか、上位入賞や排気量10リッター未満クラスの優勝を獲得している。連続18回にわたる参戦活動を通じて研鑽された様々な技術やアイデア、ノウハウを盛り込んだ現在の「日野レンジャー」は高いポテンシャルとともに、これまで一度も機械的なトラブルでリタイアしたことのない高い信頼耐久性など、競技車両として熟成された能力を持つ。
 2010年大会は、トラック部門内の参加クラスを前回大会時の「改造クラス」から再び「市販車クラス」に変更。より市販車に近い仕様で参戦する。これに伴いエンジンの搭載位置は前後重量配分に優れるミッドシップからフロントに戻されたが、新たに採用された高性能ショックアブソーバーの採用によって、ミッドシップ時と遜色のない走行安定性を確保し、市販車と同様のフロントエンジンレイアウトがもたらす高い冷却性能や信頼性とあいまって、走行負荷が高い南米大会で前回を上回る戦闘力をもたらすことが期待されている。

(概要)
 フレームは剛性の高いストレートタイプで、ホイールベースは3870mm。マルチリーフスプリングと各輪2本ずつのオランダ・レイガー社製ショックアブソーバーで前後のリジットアクスルを吊り、450馬力以上を発揮する排気量7961ccのJ08C-TI型直列6気筒ターボインタークーラーエンジンから6速直結型の6段トランスミッションと2段副変速機付トランスファーを介して前後輪を駆動する。全浮動式の前後アクスルはシングルリダクションタイプで、デフロック機構付。走行中にタイヤ空気圧を調整出来るCTIS(セントラル・タイヤ・インフレート・システム)用のエア配管も内蔵している。タイヤはミシュラン製のサンド用XSタイプで、サイズは車両規則の上限にあたる14.00R20。スチール製のホイールは片側のリムが脱着式で、パンクの際にはホイールを外さずにタイヤだけを交換することが出来る。なお、この大径タイヤに対して操舵力軽減を図るべく、パワーステアリングは容量の大きなものを採用している。一方、ワイド・ハイルーフタイプのキャブ内には安全規定で定められた70mm径のロールケージが配され、FIA公認品が義務付けのバケットシートや5点式安全ベルトを装備。緊急時に車内外からエンジンと電源をカットするキルスイッチや消火器、ドアウインドウのネットなどの安全装備も規則で定められたものである。インパネには各部の油温計など追加の計器類やCTISの操作部をはじめ、ナビゲーション用の距離計、ラリーコンピュータや主催者から供与される専用のGPSなどさまざまな機器を配置。キャブの外側前面には夜間走行に備えてHIDの補助灯6基が備わるほか、立ち木などによるウインドウスクリーンの破損を防ぐブッシュガードを装着。さらにガラスの破損による飛散を防止するプロテクターフィルムがウインドウスクリーンや灯火類に貼られている。また、96年以来坪井特殊車体株式会社が製作しているリアボディは、アルミ・スチール製のバン型で、走行抵抗となる乱流を低減するべく車体後部の高さを下げるなど、空力を考慮した形に設計。荷箱内部にもロールバーが配され、積まれるのは通常2本のスペアタイヤと最低限のスペアパーツ類のみ。長年にわたる軽量化の努力の結果、現在の車両総重量は約7000kgとカミオン部門の中では最軽量に仕上がり、運動性能向上に寄与している。このほか、600リットル容量のアルミ製燃料タンクは重心位置低下を図るために左右の荷台床下部に装着。同様に側面の収納スペースにはエアジャッキや工具類が収められている。

■戦歴(1991〜2009)
 日野自動車は1991年、会社設立50周年を記念して日本のトラックメーカーとして初めてダカールラリーに参戦した。結果は出場4台中3台が完走し、最上位はトラック部門総合7位。1台のリタイア原因は整備中の乗員の負傷によるもの。このとき以来車両トラブルに起因するリタイアはこれまで一度もなく、18年連続完走を果たし、世界で最も過酷と称される同ラリーで日野レンジャーは驚異的な信頼性の高さを示している。その後93年からは参戦体制が菅原義正率いる「チーム子連れ狼」に対する活動支援に変わり、車両も菅原組の1台体制となる中、94年、95年と連続して部門総合2位を獲得し、中型トラックながら大型車のワークス勢の牙城に迫った。96年には参戦強化を図り再び「日野チーム」として2台体制で参戦、エンジンを新世代型のJ08C型に換装。この年、創設された排気量10リッター未満クラスでワン・ツー・フィニッシュを飾った。続く97年には、サスペンションをはじめ車両全体に及ぶ改良を施した3台を投入し、ライバル勢が次々と戦列を去る中、中盤戦以降「日野レンジャー」はワン・ツー・スリーの順位を堅持し、見事日本車初のトラック部門総合優勝と2・3位入賞の偉業を達成した。同一チームによる1〜3位独占はトラック部門史上初で、現在も記録は破られていない。翌98年からは菅原義正率いる「チームスガワラ」への活動支援となり、1台体制での出場に。孤軍奮闘の菅原組は02年までに排気量10リッター未満クラス7連覇を達成したが、03年より同クラスの賞典は設定されなくなった。その後04年には競技車両を「日野レンジャープロ」に変更し、翌05年からは2台体制となり、それまで、メカニック・ナビゲーター・アシスタンストラックのドライバーを務めてきた菅原義正の次男の照仁が2号車のドライバーを担当する。この年には菅原義正が排気量10リッター未満クラスのトップでゴールし、同クラス優勝車を対象に設定された賞典(トップ賞)を獲得。設定がなかった06年をはさんで再設定された07年には菅原照仁が同賞を獲得した。連覇を目指した08年は開催地域でのテロ情報に起因してスタート直前に大会が中止となり、南米に舞台を移して行われた09年大会では08年より創設されたトラック部門の改造車クラスに参戦クラスを移行し、エンジン搭載位置を後方に移行させたミッドシップレイアウトを採用したが、駆動系トラブルに見舞われて排気量10リッター未満クラスの2位・6位でゴール。「日野レンジャー」は参戦以来の18年連続完走を果たし、1号車の菅原義正は、二輪・四輪部門時代からの26年連続参戦と20年連続完走の大会最多記録を打ち立てた。

 

出場
回数
大会年 ルート 総走行
距離
(km)
戦績
(トラック部門総合/排気量10リッター未満クラス)
18 2009  ブエノスアイレス〜バルパライソ(チリ)〜ブエノスアイレス 9,579  14位・26位/2位・6位
2008 史上初の大会中止
17 2007  リスボン〜ダカール 7,915  9位・13位/優勝(優勝車のみ表彰)
16 2006  リスボン〜ダカール 9,043  5位・7位/クラス別なし
15 2005  バルセロナ〜ダカール 8,956  2位・6位/優勝(優勝車のみ表彰)
14 2004  クレルモンフェラン〜ダカール 10,411  5位/クラス別なし
13 2003  マルセイユ〜
 シャルムエルシャイク
8,602  5位/クラス別なし
12 2002  アラス〜マドリッド〜ダカール 9,440  3位/優勝(クラス優勝7連覇)
11 2001  パリ〜ダカール 10,873  2位/優勝
10 2000  パリ〜ダカール〜カイロ 7,880  5位/優勝
9 1999  グラナダ〜ダカール 9,441  4位/優勝
8 1998  パリ〜グラナダ〜ダカール 10,570  2位/優勝
7 1997  ダカール〜アガデス〜ダカール 8,051  優勝・2位・3位/優勝・2位・3位
 (トラック部門史上初制覇)
6 1996  グラナダ〜ダカール 7,579  6位・11位/優勝・2位
5 1995  グラナダ〜ダカール 10,067  2位/クラス別なし
4 1994  パリ〜ダカール〜パリ 13,398  2位/クラス別なし
3 1993  パリ〜タンジュ〜ダカール 8, 877  6位/クラス別なし
2 1992  パリ〜シルト〜ケープタウン 13,015  4位・5位・6位・10位/クラス別なし
1 1991  パリ〜トリポリ〜ダカール 9,186  7位・10位・14位/クラス別なし
 (日本のトラックメーカーとして初参戦)

 

以上