ダカールラリー

2018.4.2 No. PD18-38

DAKAR RALLY NEWS hearder

 

「ダカールラリー2018報告会」を開催


 2018年3月26日、桜が満開を迎え、春の陽気の中、東京都日野市の日野自動車本社にて「日野チームスガワラ ダカールラリー2018報告会」が開催されました。40回目の記念大会となり、南米に舞台が移ってから最も過酷なレースだったと評されるダカールラリー2018。そんなレースを戦い抜いたドライバー、ナビゲーター、メカニックが今大会の感想を各々語りました。

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報告会に臨んだ日野チームスガワラメンバー


 ダカールラリー2018では、菅原義正さんが運転する1号車はステージ2でスタックを喫し、残念ながらリタイヤとなってしまいましたが、照仁さんが運転する2号車がトラック部門総合6位、排気量10リットル未満クラス9連覇を達成し、初参戦以来27回※の連続完走を成し遂げました。報告会には、日野チームスガワラから、菅原義正さん、菅原照仁さんの親子ドライバーの他、3年ぶりに1号車のナビゲーターを務めた羽村さん、今回初めて2号車のナビゲーターを務めた髙橋さん、メカニック・リーダーを務めた日本レーシングマネージメントの鈴木誠一さん、メカニック・サブリーダーを務めた日野自動車の岡部さん、販売会社メカニックの髙野さん、木下さん、山内さん、澁谷さんが参加し、トークショー形式で15日間の過酷なラリーを振り返りました。

 ※:政情不安で中止となった2008年大会をはさんで、1991年以来連続27回の完走となります。

 

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1号車ナビゲーター 菅原義正さん

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1号車ナビゲーター 羽村勝美さん

 ステージ2で残念ながらスタックを喫してしまった菅原義正ドライバー。「広い砂丘地帯にて、15メートルほどの高さを上る急な坂でスリップしてしまい、脱出を試みました。しかし、これ以上続けると転倒してしまう恐れがあり、1時間救助を待ちましたが救助が来なかったため、車体をまっすぐにするために11時間も砂を掘り続けました。」 と、当時の過酷な様子を語りました。

 また、1号車のナビゲーターを務めた羽村さんは、「あっという間に車体の左部分が砂丘にもっていかれ、倒れてしまうのではないかと思いました。すぐに出ようとしましたが、義正さんに「動かないように!」と怒られました。」と、車が動けなくなってしまった時の状況を語りました。

 

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メカニック・リーダー 鈴木誠一さん

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横浜日野自動車 木下大樹さん

 そんな1号車を救助するため現地に向かったメカニック・リーダーの鈴木さん。「リタイヤの報告は受けていましたが、現場に到着し、実際に車を見て『本当に終わってしまったんだな』と残念に感じました。」と当時の心境を語りました。

 同じく1号車の救助に向かった横浜日野自動車の木下さんは、「1号車のリタイヤは本当に残念でした。ただ、レースに参戦してもメカニックはキャンプ地で整備をすることがほとんどですが、今回1号車を救助するためにコース内に入りました。360度広がる砂丘を目の当たりにして、『SS※はこんなにすごいところなのか』と感じ、ある意味、とても貴重な体験をすることができました。」と率直な感想を述べました。

 ※:スペシャルステージの略。競技区間を表す。

 

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富山日野自動車 山内愛一郎さん

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2号車ドライバー 菅原照仁さん

 富山日野自動車の山内さんは、「1号車のリタイヤの報告は受けていましたが、『どうしても1号車をビバークに返したい』という気持ちで、メカニックで力を合わせ炎天下の中作業をしました。なんとか1号車をビバークに返すことができ、整備士として技術を発揮することができました。」と語りました。

 トラック部門総合6位を果たした菅原照仁ドライバーは、「今年のコースは、ステージ2~5の砂丘がとても厳しく、1号車を含め多くのリタイヤが出てしまいました。その厳しさが、逆に上位をキープできた大きな要因でした。また、車両の改良により、競合のトラックに引けを取らないパワーを発揮することができました。特にエンジン、足回りの改善は大きな要因だったと思います。」と上位に食い込んだ要因を分析しました。

 

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2号車ナビゲーター 高橋貢さん

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メカニック・サブリーダー 岡部陽一さん

 今回、2号車のナビゲーターを務めた髙橋さんは、「『我々の得意な砂丘コースである前半戦で上位をキープし、後半につなげていこう』とドライバーの照仁さんと相談し、とにかくミスをしないように、注意をしながら走りました。」と語りました。

 メカニック・サブリーダーを務めた岡部さんは、「ステージ2で1号車がリタイヤしてしまい、落ち込んでしまったのは事実ですが、その悔しさをバネにチーム一丸となり、日野チームスガワラとして、南米に移ってから最高位の順位を取ることができ、本当に良かったです。」とすがすがしい表情で感想を語りました。

 

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神戸日野自動車 澁谷亮太さん

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群馬日野自動車 髙野雄生さん

 2号車のゴールで涙を見せた神戸日野自動車の澁谷さん。「今回、2号車の整備を担当しました。1号車がリタイヤしてしまい、『何としても2号車は完走させなければならない』と大きなプレッシャーを感じていましたが、2号車が無事ゴールした時、ダカールラリーで2週間整備をし続けたこと、また、レースのために準備をしてきたことなどが走馬灯のように思い出され、感極まって泣いてしまいました。」と達成感を口にしました。

 ゴールセレモニーでは、2号車のキャブの上に乗り、パレードに参加したメカニック陣。群馬日野自動車の髙野さんは、「ゴールセレモニーで、2号車の上から見る景色は最高でした。皆真剣に仕事をしているがゆえに、最初は仕事の進め方で意見がぶつかる時などもありましたが、徐々に仲を深めていくことができ、ダカールラリーでは一致団結して取り組むことが出来ました。」とチームワークを強調しました。

 

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ゴールセレモニーで手を振る市橋会長

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日野自動車 市橋会長

 ゴールセレモニーでは2号車に乗車し、パレードに参加した市橋会長。「本当は、メカニックと同様にキャブの上に乗りたかったのですが、高かったのでやめました(笑)。2号車に同乗させてもらい、トラックから手を振ったところ、ファンの方々は、私を義正さんだと勘違いをして手を振り返していました。ファンの熱狂ぶりを肌で感じ、それに支えられてラリーがあるのだということ、そして改めて義正さんの偉大さを感じました。」とゴールセレモニーに参加した感想を語りました。

 

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 照仁さんにとっては、ご自身20回目の参戦となった今回のダカールラリー。トラック部門総合6位という結果で終え、「前回よりも総合順位を上回り、クラス9連覇を達成できたことは本当に良かったと思います。さらに上位を目指すために、良い車両、良いチームを作り上げていきたいと思います。この活動は自分一人でできるものではなく、多くの方々に背中を押していただいており、非常にそれが励みになります。SNSでのリアルタイムの応援も非常に心強く、現地で確認しています。」と今大会の感想を語りました。

 今回、初めて2号車のナビゲーターを務めたことに関し、髙橋さんは「1号車でも2号車でも、基本的にナビゲーターとしての仕事は変わりませんが、走る速度が速いので体への負荷は大きいものでした。総合6位という良い結果を残すことができましたが、5位の背中を見て走るのは悔しいなと。皆様のご協力を得ながら、更に上位を目指していきたいです。」と今後の抱負を語りました。

 

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 1号車のナビゲーターを務めた羽村さんは、「3年ぶりではありますが、今までに15回ナビゲーターを務めており、今回ステージ2でリタイヤしてしまったことは非常に寂しく感じました。もっと長くナビゲーターを務め、勉強したい気持ちもありましたし、私がゴールまできちんと導いてあげたかったという気持ちもあります。」と今大会の感想を語りました。

 残念ながら今大会ではリタイヤしてしまった菅原義正さんですが、「来年のリベンジに向け、少しずつ準備を始めています。先日は、オートバイの大会に出場し、3日で800㎞を完走しました。また、週に1回トレーニングを行い、体作りをしています。」と鉄人ぶりを見せつけ、早くも次回大会を見据え準備を始めたことを明かしました。

 


 市橋会長は、「いつも応援ありがとうございます。今まではラリーでの完走、クラス連覇という結果が当たり前だと思っていたところもありましたが、今大会で、改めてダカールラリーの厳しさを感じました。私は、ダカールラリー最終日に、コルドバのキャンプ地を訪ねました。コルドバのキャンプ地はよい環境でしたが、それまでの過酷な状況を聞き、雨や風の中での整備はとても厳しいものだと感じました。今回、92社の協賛会社様にご協賛いただき、大変感謝しています。大変厳しいレースだからこそ、信頼性や技術を磨くためにも挑み続ける価値があると考えています。日野スピリットの象徴として、これからも挑んでいければと思っておりますので、今後とも、ご協力をお願い申し上げます。」と協賛会社への謝意を述べました。

 

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スポーツ功労者顕彰の盾を紹介する結川さん

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 最後に、今年度、菅原義正さんがスポーツ功労者文部科学大臣顕彰を受賞したことが紹介されました。菅原義正さんは、「今年で77歳になります。モータースポーツは17歳から始めたので、60年になります。このような賞を頂けたのは、日野自動車のサポートや、92社の協賛会社様をはじめとする皆様の応援のおかげであり、この受賞はそのような皆様の勲章であると思っています。ありがとうございました。」と受賞の喜びと謝意を述べ、報告会は無事、幕を下ろしました。