ダカールラリー

2015年3月6日 (No. PD15-34)

 

選手たちが振り返るダカールラリー2015 ~日野チームスガワラ、インタビュー特集~


 

今年も南米大陸を舞台に激闘が繰り広げられた、ダカールラリー2015。日野チームスガワラは、トラック部門の「排気量10リッター未満クラス6連覇」をワン・ツー・フィニッシュで飾るとともに、1991年の初参戦以来連続となる24回目の完走を果たしました。菅原義正さんと菅原照仁さんの両ドライバーとメカニックに熱戦の様子について語って頂きました。

チーム代表兼1号車ドライバー 菅原義正 2号車ドライバー 菅原照仁

 

菅原義正さんと菅原照仁さんのインタビュー

南米大陸での開催の定着を実感



― ダカールラリー2015の印象を聞かせてください

菅原照仁さん(以下、照仁):2009年にアフリカから南米に舞台が移り、アルゼンチンやチリ、ペルーといった国々を通るコースになりましたが、今回は最初の時と同じようにスタートとゴールがアルゼンチンのブエノスアイレスになったのが大きな特徴です。南米の人たちはとてもモータースポーツが好きで、雰囲気を盛り上げてくれます。以前からレースを見て“すごい迫力だ!”と懸命に応援してくれていたのが、最近ではコースの近くでキャンプをして観戦するようになってきました。競技が行われているそばで、バーベキューをしているような感覚です(笑)。アフリカでは考えられなかったことですが、それだけ南米に定着してきたのだと思います。


― レース序盤では、2号車がラジエーター破損のトラブルに見舞われました

照仁:あれは、小石がラジエーターと冷却ファンとのすき間に入り込んで後方に当たってしまったのです。もちろん、ラジエーターをガードするネットは装着していましたが、小石が車両の前方ではなく後方から入るという、通常では起こり得ないケース。水は漏れましたが、幸いしばらく走れる状態だったので、補給を続けながらキャンプ地にたどり着きました。その後、すぐに小石対策を実施。ダメージを最小限にとどめられたし、トラブルらしきものはこれだけでした。

 

女性ナビを加えて戦力アップ



― 今回は、1号車に雑誌編集者でライターの若林葉子さんがナビゲーターとして参加されました

菅原義正さん(以下、義正):ええ。ドライバーの私とナビゲーター2名の3人体制。女性が加わったのは、10数年ぶりのことです。レースでは、主催者が指定したコースを走行しているのかを確認するチェックポイントが設けてあり、そこを通過しないとペナルティとしてタイムが加算されます。ナビゲーターを増やしたのは、ステージあたり全部で60ほどあるチェックポイントを確実にクリアするためと、走行中の安全確認をよりしっかりしたかったから。いわば、ドライバーがハイビームの役目を、ナビがロービームを担当し、そしてもう1人のナビが広角を受け持つというようなイメージです。彼女にとっては初体験で大変だったでしょうが、最後までよく喰らいついてきたと思います。


― マシンに数々の改良を加えて臨まれましたが、その効果は

照仁:昨年は1号車だけに搭載したA09Cエンジンを、パワーアップを図り2号車にも搭載すると同時に、サスペンションも大幅に改良。戦闘力はとても高まりました。しかし伸びしろはまだまだあるので、もっと速くなりますよ。

 

レースで得た責任感を基盤に成長を



― 休息日明けは、トラブルが起こりやすいと聞きました

義正:私たちではありませんが、整備しなくてもよい個所をいじった挙げ句にネジを締め忘れてしまうなど、休みがあると油断しがちになります。主催者側はそれを見越して、休息日明けは敢えてコースを長くするといった落とし穴を設けてきます。参加者はその意図を察知し、策にはまらない注意が必要です。


― レース中、メカニックの皆さんにはどのようなことを話されましたか

義正: “タイヤのホイールナットひとつ締めるのでも、みんながきちんとやってくれるから、私たちはエンジン全開で走ることができる。厳しいレースで得た責任感は、お客様の大切なクルマを預かる際にきっと役に立つ”と。地元に戻れば新聞に載ったり、講演会などで話すこともあるでしょう。人々に注目される機会が増えれば、リクルートといった人材確保の面でもプラスになると思います。それだけに、レースを通じてどれだけ成長できるかが重要ですね。


― 今回も全部門の完走率は50%を切る過酷なものになりました。ゴールした時の感想は

照仁:日本から日野の市橋社長に来ていただき、僕の家族も初めて現地に。レースは表彰台であるポディウムに乗らないとフィニッシュにはならないので、いつもより気合を入れてゴールしました。 義正:孫が自分でつくったメダルをかけてくれました(笑)。ポディウムのわずか手前で止まってしまってもリタイヤですから、ゴールはスタートよりも緊張します。今回もワン・ツー・フィニッシュを果たせたのは、スタッフをはじめとする皆さんのおかげ。何といっても、チームワークの良さが私たちの一番の誇りです。


お孫さん手づくりのメダル(中央)とクラス優勝の楯(奥)と完走メダル(手前)


― では、来年に向けての抱負をお願いします

照仁:マシンの開発スタッフとの話し合いは、もう始まっています。ポテンシャルの高いマシンなので、フルに引き出せればモンスターマシンと互角に戦え、クラス7連覇、そして総合順位でさらに上位を目指せます。

義正:軽量化や剛性を向上させていけば、2号車が総合でひとケタの順位になることに自信があります。もちろん、私も頑張ります。今後とも応援をよろしくお願いします。


 

 

メカニックへのインタビュー

世界と闘うため、ひとつになったサムライたち


ダカールラリーを闘い、そして完走、上位入賞を果たす。これを支えるのが、全国の日野販売会社から公募選抜されたメカニックたちです。今大会、日野レンジャーの整備を担当した皆さんに、レースを振り返ってもらいます。

 



鈴木誠一・メカニックリーダー(日本レーシングマネージメント株式会社 所属)
今回、2号車は序盤でラジエーターに石がヒットして破損するというトラブルに見舞われ、応急対策として跳ね石を予防するフラップを追加しました。経験を積んでいても、レースでは予測できないことが起こります。またひとつ勉強になりました。メカニックリーダーとしてチームをまとめるためには、状況確認などつねに声を掛け合い、一人で不安を抱えないようコミュニケーションを図ることが重要。これは普通の仕事の基礎と同じです。ダカールラリーを目指す方は、整備士の基礎を高めて、ぜひ挑戦してもらいたいです。

 



末永健司・メカニックサブリーダー(日野自動車株式会社)
ラジエーターが破損したときは、走っているマシンとビバークで待っているメカニック間で通信状態の悪い中、少ない情報をもとに可能な限り短時間で修理できるように準備を進めました。これは、通常の仕事の中でも、的確かつ明確に自分の意思を伝えることと共通しています。今後、ラリーへの参加を目指す方々へ、過酷さや整備の大切さだけでなく、楽しさや感動も伝えて、多くの皆さんにダカールラリーのメカニックになっていただきたいですね。

 



林博永・メカニック(函館日野自動車株式会社)
夢に見ていたダカールラリーを終え、ポディウムに上がった瞬間の歓声は最も印象に残っています。苦労したことといえば、日本とは全く違う環境で、しかも、絶対にミスは許されないというプレッシャーに負けずに、限られた時間内でマシンの整備を完成させなければならなかったことです。しかし、過酷な状況での整備も協力し合えば何でもできるということ。今後、この経験を後輩たちに伝えて函館日野の整備技術向上に生かしていきたいです。

 



菅原瞬介・メカニック(東京日野自動車株式会社)
ゴールセレモニーは感動!車両製作から今までの辛かったこと、すべてが報われた瞬間でした。標高4,800mのアンデス山脈越えや4℃~40℃の気温差など、自然環境はとても厳しかったですね。会社からのプレッシャーは大きかったですが、義正さんと照仁さんの胸をかりるつもりで思いっきりやりました。マシンにゴールまで安心して安全に到着してもらう、という点は日常業務も同じ。今後もお客様に安心と安全を提供していきたいと思います。

 



福野広弥・メカニック(横浜日野自動車株式会社)
トップ勢に分け入る順位でマシンが戻ってきた時は興奮しました。毎日厳しい環境で戦っているので汚れはひどい。でも、出発までにピカピカの状態で送り出したいので、洗車は念入りに行いました。レース中、皆がバラバラに動くと作業もスムーズに進みません。積極的にコミュニケーションを図ることで、うまく連携がとれたと思います。極限のスピードで走るので、一つのミスは命の危険につながります。整備には失敗は絶対に許されないのです。この経験を普段の仕事でも、今まで以上に意識していきたいと思います。

 



益田崇史・メカニック(広島日野自動車株式会社)
一番印象に残っているのは、ゴールセレモニーですね。広島からも応援に来ていただき、ねぎらいの言葉をかけられたときは、涙が出ました。義正さんには、レースを終えて疲れているにもかかわらず、色々なことを教えていただき勉強になりました。照仁さんには、いつも笑顔で接していただき、整備中に“暑いのにお疲れさま”といった言葉は嬉しかったです。そして、みんなで何回でも話し合うことでチームの信頼が高まり、勝利につながったと思います。