ダカールラリー

2014年6月11日 (No. PD15-04)

 

日野チームスガワラに新メンバー加入!

 日野チームスガワラは、新たなメンバーとして編集者・ライターの若林葉子さんをチームに迎え入れることを決定しました。若林さんはモータースポーツに関する執筆活動の傍ら、自らも数々のレースに出場して経験を重ねており、次回のダカールラリーでは菅原義正さん、羽村さんと共にナビゲーターとして1号車に搭乗する予定で、チームのさらなる戦力アップが期待されます。

 

 6月11日に日野自動車本社で行われたミーティングで、日野自動車や日本レーシングマネージメントをはじめとするプロジェクトメンバーが集う会議室に、やや緊張した面持ちで若林さんが現れると、まず菅原照仁さんから若林さんの新メンバーとしての加入について説明がありました。

 「2005年以来、我々のチームはずっと1台2人体制でやってきたのですが、競技区間ではタイヤの交換も車の乗員だけでやらなければならず、3人だと15分~20分くらいで終わるところ、2人だと早くても40分、手間取ると50分くらいかかってしまいます。また、ここ数年のダカールラリーは、アフリカの大地を3週間かけて冒険するようなラリーから、1秒を争うレース競技に変化していて、ナビゲーションの難易度や負担が大幅に増しています。

 我々はよく「2人いると4つの目で見ることができる」と言っているのですが、3人いれば「6つの目」で見ることができ、視野が広くなって戦力のプラスになります。海外のチームはほとんど1台3人体制ですし、新たなメンバーについてずっと検討してきました。若林さんは、ライターとしてラリーモンゴリアを取材しているうちに「自分もやってみたい」と思うようになり、我々がナビゲーションをいろいろ教えていたところ、吸収というか飲み込みが早くて上達も早かったので、そういうご縁もあって今回1号車に乗ってもらうことになりました。2号車は、僕がナビ出身で運転しながらある程度ナビもできるので、もう少し我慢して2人体制でいこうと思います。

 1号車は、ずっと羽村さんという優秀なナビゲーターが担当していて、これまでのラリーの経験がたくさん蓄積されています。そこに、若林さんには近年のラリーに必要な「早くこなしていく」というエッセンスを注入してもらい、より強固な体制を築ければ成績アップは間違いないと思います。次回は1号車も総合順位アップをねらいますので、よろしくお願いします。」

 

 続いて若林さんから、自己紹介※と「日野チームスガワラ」のメンバーとしての意気込みが語られました。  (※若林さんのプロフィールは文末に掲載しています)

 「自動車雑誌の編集をずっとやっていて、2005年に初めてラリーモンゴリアの取材に行ったのですが、いろいろなものが刺激的というか衝撃的で、「自分でも走ってみたい!」と思ったのがラリーとの最初の出会いでした。それから準備を重ねて、2009年に初めてナビゲーターとして出場しました。その時は本当に大変で貯金も使い果たして、1回しか出られないと思っていたのですが、「それではかわいそうだ」と菅原(義正)さんが車づくりからいろいろサポートしてくださって、次の年はドライバーとして出場して何とか完走することができました。その次の年には、菅原(義正)さんのナビゲーターとして出場して、クラス優勝を果たしました。

 4年連続でラリーモンゴリアに出場して、自分では大変満足してその先があるとは思っていなかったのですが、それでも(ライターとして)ラリーに関わっていると、ダカールラリーというのは見果てぬ夢と言うか、いつか応援なり、プレスなりで行けたらいいなと思っていました。今年の春に、照仁さんからこのお話しをいただいて、思いがけなくてとても驚きました。声をかけていただいただけでも光栄と思いつつ、私はいつも無謀なチャレンジをしてしまうので、今回も「何とか頑張りたい」という気持ちで受けさせていただきました。私のラリー経験は、JRM(日本レーシングマネージメント)の皆さんにいろいろなことを教えていただきながらここまでこれたので、これから先もご指導をいただきながら、期待に応えられるように精進していきたいと思います。頑張りますので、よろしくお願いいたします。」

 

 続いて、若林さんと共にナビゲーターとして搭乗する羽村さんから、若林さんへの期待が語られました。

 「先ほど照仁さんからもお話しがありましたが、近年のダカールラリーはナビゲーションの部分での難しさが出てきていまして、チェックポイントを探すというところで結構苦労をしています。若林さんの加入で、お互いに協力しながら1号車はより一層パワーアップしていくと思いますし、僕も負けないようにナビゲーションをしていきたいと思いますので、よろしくお願いします。」

 最後に菅原義正さんから、チーム代表および1号車のドライバーとして、新メンバー加入による次回ダカールラリーに向けた決意が語られました。

 「新しいメンバーとして若林さんをお迎えして、一気に平均年齢が下がりました(笑)。ラリーが始まると、夜は僕は寝るのが仕事ですから、なるべく打合せもそこそこにしてテントに入ってしまいます。ドライバーとナビゲーターがひとつのテントで寝ているのは、世界中のチームを探しても我々だけだと思うのですが、彼(羽村さん)がテントに戻ってくるのは明け方の3時頃で、それまでずっと次の日の予習をしているんですね。でも、睡眠不足は体によくないし、昼間のラリーにも影響するので、次回は若林さんと2人でナビゲーションを確認しあいながら進められるような体制にしたいと考えています。

 この話が決まった後で、若林さんから「タイヤの交換はどうやってやるんですか?」と聞かれたのですが、怪我をしたら大変なのでそれは我々でやります。その代わり、ジャッキのホースをしまったりとか、前後に細かい作業が結構あるので、彼女にはそういうことを担当してもらってスピードアップをしていきたいと思います。実は、3人になると重量アップというデメリットもあります。我々は、トイレットペーパーの芯まで抜いて軽量化を図っていますし、過去にはエアコンなしで走ったこともありますが、若林さんの加入でデメリットをはるかに上回る大きなメリットを得て、いい方向に戦っていきたい。次回のラリーでは、1号車・2号車ともにいい成績が出せるように力を合わせていきますので、よろしくお願いします。」

 義正さんのお話しが終わると、出席したメンバー全員から若林さんに向けて温かい拍手が送られ、若林さんもようやく安堵の表情を浮かべていました。

 若林さんにはライターとしての手腕をいかして、ダカールラリー本番における菅原義正ドライバーの戦いぶりを、隣の席で臨場感たっぷりに伝えるインサイドストーリーを執筆していただく予定です。このダカールニュースでも皆様にお伝えしますので、今後の若林さんの活躍にぜひご期待ください!

 

 

 

 


● 若林葉子さん プロフィール


株式会社レゾナンス・Car&Motorcycle誌『ahead』編集部所属。

1971年大阪生まれ。立教大学文学部卒。
OLを経て、フリーランス・ライターとして活動後、2005年より現職。
2005年に、写真家・桐島ローランド氏の参戦するクロスカントリーラリー“Beijing Ulanbaatar 2005”に同行取材し、ラリーの魅力に触れる。自身でも選手として参加したいとの想いを強くし、2009年~2012年に亘って4度、Rally Mongoliaに出場。うち2010年は、三好礼子氏をナビゲーターに、菅原義正氏製作のジムニー・シエラ1300のハンドルを握り、完走。また2011年は菅原義正氏のナビゲーターを務め、クラス優勝。
2013年秋には伝統あるメディア対抗マツダ・ロードスター4時間耐久レースに、TEAM aheadのメンバーとして出場し、筑波サーキットを走った。